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老境おまけ 王維「秋夜獨座」「歎白髮」

詩仙、詩聖とくれば、詩仏も紹介したいと思います。詩仙・李白、詩聖・杜甫に並び称される、詩仏・王維です。王維も李白・杜甫と同じように、順風満帆な人生とは言いがたく、若いうちに左遷にあったり、安禄山の乱の時には反乱軍に捕らえられて脅迫され、反乱軍の官吏として働くことになります。

このことが後に、逆賊として糾弾を受けることになります。この時は、王維の弟(王縉)が自分の地位を捨ててでも兄を助けてほしいと粛宗に嘆願し、無罪となります。ただ、若いうちに奥さんが亡くなったしていますので、ずいぶんと独り身生活が長かったと思います。

そういった内面的な苦悩は深められていき、いつしか仏教に傾いていきます晩年の詩には仏教用語がたくさん出てきていることからもうかがえます。

晩年の詩はそんなに有名ではないので、いい紹介サイトが見つからなかったので僕が訳しましたので、正確ではないかもしれませんが・・・

原文 書き下し文
獨座悲雙鬢 独り坐して雙鬢(そうびん)を悲しむ 秋の夜に独り坐し、両の鬢(びん)のうすく白くなったのを悲しんでいると
空堂欲二更 空堂にこうにならんと欲す 人気のない部屋で夜の10時になろうとしている
雨中山果落 雨中 山果落ち 雨音にまじって山の木の実の落ちる音や
燈下草蟲鳴 灯火 草虫鳴く 灯火(ともしび)のもとに秋の虫の鳴く声
白髪終難變 白髪 ついに変じ難く 私の白髪はいかにあがこうとも黒くはならず
黄金不可成 黄金 成るべからず 不老不死の仙薬は黄金から作れるわけではない。
欲知除老病 老病を除くを知らんと欲せば 老いや病気から逃れるすべを知りたければ
惟有學無生 ただ無生(むしょう)を学ぶ有るのみ 仏門の扉を開くしかないのではないか

王維は妻と母に早くに先立たれ、その後はずっと独身だったと言われています。その苦悩を独り座してこの詩を歌ったのでしょう。

原文 書き下し文 通釈
宿昔朱顏成暮齒 宿昔の 朱顏 暮齒を成す 昔の若者も、年をとって老人になり、
須臾白髮變垂髫 須臾にして 白髮  垂髫を 變ず お下げの子供も、たちまちに白髪へと変わってしまう。
一生幾許傷心事 一生 幾許の 傷心事 一生のうちに、どれだけ多くの心を痛めるような出来事があるのか。
不向空門何處銷 空門に 向かはずんば 何處にか 銷さん 仏門に入らないのであれば、どのようにしてこの傷を消し去ってしまえるのか。

無生というのは、人間を含む全ての存在は本質的には存在しない現象に過ぎないから、発生することも消滅することもないという仏教の真理です。ここでは、仏典のことを指しており、仏門・仏教そのもののことだと思います。

王維と言えば、孟浩然・柳宗元と並び称される自然派詩人の代表選手ですが、晩年にはこういったもの悲しい詩もたくさん出しています。

また、王維は詩以外にも山水画でも後世に讃えられる作品を世に出しています。妻や母を失った悲しみを芸術に昇華させていたのかもしれません。

ただ、唯一の救いは、晩年に遠くに赴任していた弟を近くで一緒に住みたいと嘆願し、それが許可されたことでしょうか。

新漢詩紀行「老境」其の2 杜甫「登高」

二日目は杜甫です。杜甫は李白と違い、代々唐に使えた役人の出で、唐に使えることが至上の喜びという人物だったみたいです。そんな唐スキーな杜甫でも、人生はままならないものでした。

安禄山の乱で蜀へ脱出した玄宗と粛宗を追って、長安の脱出を試みたところ反乱軍に捕らえられ幽閉されてしまいます。そんなに高位ではなかったため開放してもらえたと思ったら、仲間を弁護したところ敬愛する粛宗から左遷させられたりと、不遇な人生を送っています。

原文 書き下し文
風急天高猿嘯哀 風急に天高くして 猿の嘯(な)くこと哀し 風は烈しく空は澄み渡り、猿の鳴き声が悲しげに響く
渚清沙白鳥飛廻 渚清く 沙白くして 鳥飛び廻る 川辺は清らかで、砂は白く、トリが輪を描いて飛んでいる
無邊落木蕭蕭下 無辺の落木 蕭蕭(しょうしょう)として下り 見渡す限りの木の葉はさびしげに散り、
不盡長江滾滾來 不尽の長江 滾滾(こんこん)として来る 尽きることのない長江の水は、後から後から流れてくる
萬里悲秋常作客 万里悲秋 常に客となり 故郷を遠く離れて、この悲しい秋を迎えた私は常に旅人の身
百年多病獨登臺 百年多病 独り台に登る ずっと病気がちの体で、今独りで、この高台に登っている。
艱難苦恨繁霜鬢 艱難 苦(はなは)だ恨む 繁霜の鬢 苦労を重ねて、真っ白になった髪が恨めしい
潦倒新停濁酒杯 潦倒(ろうとう) 新たに停む 濁酒の杯 老いさらばえて濁り酒すらやめなくてはならない。

この詩を歌った時、杜甫はすでに56歳で親交を深めた李白や他の友人たちはもうこの世にはいませんでした。酒はそんな悲しみを消す唯一の妙薬でしたが、それすら病で飲めなくなってしまいました。そんな悲しみの歌をこの、七言律詩の中でも全ての句を対句にするという高い技巧の中にちりばめています。

この作品は、杜甫の中でも代表作とも言え、全ての七言律詩のなかでも頂点と言っても過言ではないと思います。高い技巧の中に自らの晩年の哀愁と悲しみをあらわしています。

絶句は李白、律詩は杜甫というイメージ。

新漢詩紀行「老境」其の1 李白「秋浦歌」

今週の新漢詩紀行のテーマは「老境」。人生の末期に歌われた詩を特集しています。新漢詩紀行では、李白・徒歩が出てきますが、唐の宮廷詩人(李白・杜甫・王維)は晩年に流刑や左遷・戦乱にあい孤独を感じていい最後を迎えたとは言いがたいですが、残した詩は素晴らしいものがたくさんあります。

この時代に出てくる有名な人物といえば、玄宗皇帝、楊貴妃、安禄山、高力士、楊国忠でしょうか。安禄山の乱だけで語りだすとかなりの量になるので今回は詩人についてです。

李白は不遜な態度で高力士から反感を買い、左遷されます。酔っ払った李白が高力士に靴を脱がすというシーンはどの話にも乗っているほど有名です。幼稚園の頃、父親に買ってもらった手塚治監修・中国の歴史にもしっかりのっているほどです。そして、楊貴妃に送った詩に難癖をつけられて、左遷されてしまいます。

ちなみに、このとき送った詩は「宮中行楽詞」という楊貴妃を、前漢の趙飛燕に例えています。ただ、趙飛燕という人物は、超絶美人で歌も踊りもプロと、楊貴妃とすごく似通っている部分が多かったみたいですね。それで李白も趙飛燕に例えたのですが、成帝の不審死に関わっているとされている人物なので、そこに難癖をつけられたということになっています。手塚治監修では、単純に出自が卑しい身分だったので、そんな女と比べるとはけしからん!みたいな内容になっていたかと思います。

そんな李白が老いを迎えて秋浦で歌った詩です。

原文 書き下し文 通釈
白髪三千丈 白髪 三千丈 私の白髪は三千丈
縁愁似箇長 愁に縁りて箇(かく)の似(ごと)く長し 憂愁の末にこんなにも長くなってしまった
不知明鏡裏 知らず 明鏡の裏 澄んだ鏡に映る白髪頭
何處得秋霜 何れの処にか秋霜を得たる この秋の霜のような白髪は、一体どこから降ってきたのだろうか

白髪三千丈のくだりはすごく有名ですが、この誇張表現がままならぬ人生への憂いをいっそう引き立てています。多大な才能に恵まれた李白でも、晩年には挫折感をここまで感じさせる悲哀の歌を詠んでいるのです。

若い時代の不遜な態度を後悔しているかもしれません。現代人として、このような素晴らしい人生の先輩への畏敬の念を持ち、思慮深く物事を捉えることを心がけたいと思います。

[font]ぬらりひょんの孫

これも分かりやすいですね。セリフはあっても明朝体ではありませんので、楷書の類いから探せばいいわけですが、かなりメジャーな書体なのでみんなパッと見て分かると思います。

モリサワの教科書ICAです。名前からして分かるように、教科書で使われる書体ですので、一点一画を手書きと同じように再現されています。規範にならないと行けないため、分りやすくデザインされているのにまとまっている。とても素晴らしい書体です。

[font]みつどもえ

これは分かりやすいですね。かな書体が墨東ですので、純正だとロダンかセザンヌに限定されます。その中でもセリフのついたゴシック体はセザンヌしかありませんので、使用している書体は「セザンヌ墨東」です。最初はEBにふちどりを使用しているかと思いましたが、Eの縁取りにEの縁取り無しを重ねているっぽいです。

[将棋]NHK杯と大和証券杯

今日のNHK杯は、藤井九段と山崎七段の一局。この組み合わせは、6/27の大和証券杯、ネット最強戦の一回戦でもありました。その時は山崎七段の勝利でした。

対極前インタビューで藤井九段が言ってたように、四間飛車になりました。一昨年あたりからいろいろと試行錯誤しながら対局していたイメージがありますが、今年度は一気に研究結果が開花したかの勢いがありますね。

序盤から巧みにリードし、そのまま最後まで寄せきる戦い方は、とてもすごかったです。まさにタイトル挑戦者の勢いというか、そんなものさえ感じさせられます。

藤井九段のドヤ顔。とてもかっこいいです。

そして、終盤に凄まじい粘りを見せたものの、惜しくも敗れた山崎七段、お疲れ様でした。

そして、昼からは大和証券杯・ネット最強戦の決勝戦がありました。こちらは今将棋界で羽生名人に次ぐ実力者の久保棋王・王将と森内九段の対局でした。

久保二冠が振ってくるのは確実なので(先手石田流・後手ゴキゲン)森内九段の対抗策が楽しみでしたが、相振り飛車になってしまいました。先後逆なら、また違ったかもしれませんが。

終盤で森内九段のクリックミス?みたいなものもあり(なくても久保勝勢でしたが)久保二冠の勝利となりました。これで、藤井九段、久保二冠と今日は振り飛車な一日でした。

実写版「もやしもん」

ということで、農大で繰り広げられるドタバタ菌類マンガもやしもんの実写版を見ました。

長谷川遥役の加藤夏樹さん、かなりハマってますね。樹教授はちょっと若い気がしますががが。

そして美里薫役の笑い飯・西田。これはもうコミックを読んだ瞬間に西田を思い浮かべた人も多いだろうというぐらいのキャスティング。完全に一致。

どれくらい一致かというとこれくらい。

暑い夜はAsian Dub Foundation

Asian Dub Foundationはイギリス在住のインド・バングラディシュ系のメンバーで構成されているエレクトリカ?バンドです。社会風刺・政治批判など歌劇なメッセージ性の強い歌詞ですが、音そのもののクオリティが高く、それほど反社会な感じはしないと思います。

なかでもアルバム「Community Music」の完成度は最高です。今でもシャッフルでこのアルバムの曲が登場したらそこからはハードリピートになってしまうほど中毒になっています。

最初は身近な生活の不満に始まり、政治批判・社会風刺、Rebel Warrirでは民族戦争・そして戦争反対、と加熱していき、最期は俺たち最強みたいな終わり方のアルバムです。

M-1.Real Great Britain

M-4.New Way New Life

M-4.Rebel Warrior

ちなみに、Rebel Warriorは2バージョンあり、こちらはどのアルバムに入っているかは不明です。僕の好きなバージョンは日本盤に入っているのが超大好きなのですが、残念ながら埋め込みが禁止されていたのでアドレスを張っておきます。

ASIAN DUB FOUNDATION / Rebel Warrior